アリアの箱庭 ~The Miniature Garden of Aria~



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その瞳に映る少女



 夢も希望もこの世界にはない。
 それがこの数年間生きてきてわかったことだ。
 この世界は自分に問題のある不具合は徹底的に消去する。なのに、どこか情が混じっている。いっそのこと、ためらわずに消去してほしいのに、その情が中途半端にしてしまう。
 だから彼はこうしてただ1人で空を見上げているのだ。
 彼は心から願う。
「誰か僕を消してよ――」
 病室の中には彼女1人しかいない。
 彼女はそれでよかった。
 誰にも迷惑をかけないで済む。しかし彼女は察していた。周りの人間が自分を必要としていないことを、病室を占領している彼女をうっとうしく思っていることを。だから彼女は一度願った思いさえも塗り替えてしまう。
「誰か私を消して――」


 ある日、とある町の病院で1つの事件が起きた。
 1人の少女が病室を抜け出したのだ。普通ならば、患者の失踪ということでスタッフは捜索をしているはずだ。しかし誰も少女を探そうとはしなかった。
 病院の外にある林からその少女は人間の動きを見ていた。少女は艶のある長い髪をゴムでくくっていた。その姿はとても病院にいるような人間のものではなかった。特に痩せ細っているわけでもない。見た目はごく普通の少女と同じだ。ただ、少し元気のなさそうな表情と、それに似つかわしくない澄んだ色をした瞳は、普通の子供とは違っていた。
 1時間経ったが誰も動かない。何もなかったかのようにいつもどおり動いている。
 少女は確信した。
 いや本当はずっと前からわかっていた。自分が誰にも必要とされていないことなんて周りの反応を見れば、賢い彼女にはすぐに理解できた。だからこそ病室を抜け出したのだ。
「はぁ……。これからどうしようかな」
 少女に行くあてなどない。とうの昔に両親は彼女を見放している。今、そんな彼女を動かしているのはある1つの思いだけだ。
「時間がない。早く探さないと」
 少女は病院を後にして町の中心へ向かっていった。
 町は少し田舎だが科学技術の発展もあり、それなりに不便ではない。ただ少女は病院での服装のまま出てきてしまったので、あまり人前に姿をさらしたくなかった。そのため、路地裏を進んでいくしかなかった。
 路地裏は、当たり前のように物が乱雑し汚れ放題だった。しかし少女はそんな汚い路地裏で異様な存在を目にした。
 それは綺麗な瞳をした少年だった。彼は薄汚れた服を身にまといずっと空を見上げていた。
 少女は声をかけずにはいられなかった。
「ねぇ、君何してるの?」
 少年は動かない。ただ彼が少し笑っているのがわかった。
「何してるのって言ってるんだけど」
 少年はやっぱり動かずに空を見上げている。
 少女は少年の隣に腰かけた。そして同じように空を見上げてみる。
 そうやって空を見上げたまま少しの時間が過ぎた。
「君はどうして僕の隣にいるの?」
 少年がやっと口を開いた。
 少女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。それも少し悪戯っぽい笑みだ。
「だって、君の目が綺麗だから」  少年は少女を笑顔で見た。
「それって理由になってる?」
 少年は不思議そうに訊いてきた。
「いいじゃない。私がそう思ってるんだから」
 ニッコリと笑う少女を見て、少年は嬉しそうな笑顔になった。
 また2人は空を見上げる。
「君、この町の伝説って知ってる?」
 少女が空を見上げながら言う。
「知らない。僕、ここにきて長くないから」
 少年も同じように空を見ながら言う。
「あのね、この町には願いがかなう場所があるんだ」
「願いが、叶う?」
「そう。場所は分からないんだけど、そこに行くとどんな願いも叶うんだって」
 少女の声は希望に満ちあふれていた。
「よくある伝説だね」
 少年が言う。
「うん……」
 少女がうつむいて元気のない声をこぼした。
「どうかしたの?」
 少年は心配そうに少女へ声をかける。
「よくある伝説だから、誰も信じないの。最近じゃ小さい子供だって本当じゃないって言ってる」
「でも、君は信じてるんでしょ?」
「……うん」
「だったら、それでいいじゃない」
 少年が少女に微笑む。少女もそれにつられて表情が緩む。
「私、アイナっていうの。君は?」
「エルマ」
 名乗ったエルマという名前を聞いてアイナは小さく笑った。
「変わった名前だね」
「そうだね、変わってる」
 そんなことを言いながらもエルマの顔には笑みが浮かんでいた。アイナもまた楽しそうに笑っていた。
「エルマ――」
 唐突にアイナが立ちあがった。エルマはそれを見上げる。
「行こう!」
 そう言って、エルマに手を伸ばす。
 エルマはその手を取る。
「うん!」
 エルマは立ちあがりアイナと一緒に薄暗い路地裏から明るい町に出た。
 路地裏にいた時には感じなかった大陽の光が目にいたい。
 明るい街中では路地裏で見えなかったことも見えた。
 エルマは綺麗な目をしているだけだと思っていたがそうではなかった。彼の髪は少し脱色していた。それにアイナよりも小さい少年だと思っていたが16歳の自分と同じくらいの背であることも分かった。
 町の中心は様々な店が並び、活気にあふれていた。今日が休日なのもあって人が多くいた。
「私もエルマもなんだか汚いね」
 アイナは自分とエルマの身なりがこの町の風景になじめていないと感じた。
 エルマは薄汚れた服を着ていて、アイナの身につけている薄い布も病院での生活が嘘だったかのように汚れている。
「服、買う?」
 エルマがポケットから数枚の紙幣を出した。
「そうだね」
 アイナはそう言うと辺りを見渡した。そして少し離れた店を指差した。
「あそこ、セール中って書いてあるよ」
 エルマの手を取り指差した店へとアイナは走った。
 その店でアイナはワンピースを、エルマはTシャツとズボンを買った。エルマはいたって普通の少年に見えるのだが、アイナは違った。
 服屋から出ればその長い髪や大きく澄んだ瞳、華奢で色白な体を見て通り過ぎた人は男女問わず何人かが振り返った。地味なエルマに美しいアイナ、このカップリングは傍目(はため)にはとてもアンバランスに見える。
 服屋を出てから、2人はファストフード店に入り残ったお金でハンバーガーを食べた。
「ねぇ、アイナの願い事って何なの?」
 エルマがアイナの目を見て言う。
 アイナは少し躊躇したがゆっくりと口を開いた。
「私ね、友達が欲しかったの。ずっと仲良しでいてくれる、そんな友達が欲しかったの」
「友達……」
 アイナの目はエルマを見ていなかった。その目はただ天井を見ているだけだった。
「僕じゃ、ダメかな?」
「え?」
 アイナの目がやっとエルマを見る。
「僕が、その……アイナの友達になったらダメかな?」
 エルマは小さく笑んだ。
 驚いた表情のままアイナは硬直していた。
 少しの沈黙の後、口を開いたのはアイナだった。
「……がと」
「え、何?」
「ありがとう」
 アイナはまたエルマから目をそらした。しかし今度は頬を染めていて、とても恥ずかしそうだった。
「えっと、アイナ?」
 エルマは自分から目をそらした目の前の少女が怒ったのだと勘違いしたのか弁解しようとしている。
「ごめ――」
「べ、別に怒ってないから。謝らないで」
 アイナはそう言って細い腕で目を拭った。そして少し赤くなった眼を細めて微笑んだ。
「よし。エルマ、これから私たちは友達だよ」
「う、うん」
 2人は笑いあって、また食事に戻った。
 食事を終えるとアイナが、
「ねえ、公園に行こうよ」
 と言った。
 エルマは迷わずに首を縦に振った。
 町の公園はいたってシンプルだった。ブランコに滑り台と、どの公園にでもあるようなものしかない。2人はブランコに座った。
 座ったまま足をふって、ブランコを動かした。
「そういえば、エルマは願い事あるの?」
「あるよ」
 エルマはどこか遠くを見るような目で答えた。
「教えてくれる?」
「ごめん、教えられないよ」
 エルマは即答し、悲しそうな目をした。そして――。
「ごめんね」
 そう言って口を閉ざした。
 しばらく2人は黙ったままブランコをこぎ続けた。
 気まずいと思ったアイナはエルマに話しかけようとした。しかし、エルマが先に口を開いた。
「アイナは僕のことをおかしいって思う?」
「なんで?」
 エルマは躊躇いを少し見せたが、すぐにアイナの顔を見た。
「僕、前にいた町を追い出されたんだ」
 アイナは目を見開いた。
 目の前にいる優しそうで物静かな少年が何の理由があって町を追い出さないといけないのか。それがアイナには分からない。だから直接本人に訊く。
「エルマ、何かしたの?」
 遠くを見つめながらエルマは頷いた。
「命令を守れなかったんだ」
「命令?」
「それだけじゃない。僕には問題があったんだよ」
 アイナの頭はショート寸前だ。しかし真実を知りたい。だから質問をやめない。
「言うことを守れなくて、何かあっただけで町を追い出されたの?」
 エルマは肯定の意志表示をした。
 アイナの心には怒りがこみ上げていた。その怒りは自分でもなんでこみ上げているのかわからない。
「そんなの変だよ!」
「ううん、変じゃない普通だよ」
 エルマは間髪いれずに否定する。彼の言ってることがアイナには理解できない。
「アイナは優しいね」
 アイナを見てエルマは微笑んだ。
 不意打ちだった。頭に上っていた血が一気に下がった。
「問題ってなんなの?」
 うつむいてアイナが言う。
「他の仲間と僕は違っていたんだよ」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
 エルマは笑っていた。しかし、それは嬉しそうな笑顔ではなく、どこか悲しみを秘めた笑顔だった。
「エルマって悲しそうな顔しないよね」
「できないんだよ」
 エルマの発言がわからない。
「できるようになってないんだ」
「よく、わからないよ」
 そう言ってからアイナの口から言葉はこぼれなかった。
 会話はある程度成り立っているが、何かが噛み合っていない。だが今のアイナには、それが何なのか考える余裕はなかった。
 2人はブランコに腰かけたまましばらく動かなかった。この沈黙を破ったのは意外な存在だった。
「ねぇねぇ、ママ。あのこへん」
 声はブランコの正面から聞こえた。そこには小さな少年とその母親と思われる女性が立っていた。
 少年はエルマを指差している。
 アイナはエルマを見た。エルマは変と言われ、指差されていても笑ったままでいる。
 少年の母親が少年の指差す存在を見た。すると母親が表情を変えた。母親は少年を抱っこして走り去っていった。それを見た母親たちは自分の子供を連れて公園から出て行った。
「ちょっと、これどういう――」
 もう一度エルマを見る。しかしエルマは笑ったままだ。
「エルマ、なんで笑ってるの?」
「僕、笑うしかできないんだから。仕方ないじゃないか」
「怒らないの?」
「どう怒ったらいいの?」
 エルマはまたアイナから言葉を奪った。
 怒りがアイナの中にあふれた。それも1つではなく複数の怒りがアイナの中に生まれた。
「どうして、エルマは怒らないの!」
 答えはすでにエルマの口から出ていた。しかしアイナにはどうも納得できない。これが1つ目の怒り。
 2つ目は、逃げ去った大人たちへの怒りだ。
 何らかの理由があったにせよ、怪物を見たかのように逃げるのはおかしい。
 そして3つ目は――。
「ねぇ、エルマ! あなたって一体なんなの!」
 エルマのことを全く分かっていない自分に対して怒りを感じていた。
「泣かないでよ。アイナ」
 エルマの細い指がアイナの目から溢れた涙を拭った。
「泣いてない……」
 アイナは自分の腕で顔を拭いた。
 エルマは唐突にブランコから腰を上げた。そしてアイナの手を取った。
「行こう、アイナ」
 アイナの手を引いて歩き始めた。
「ちょっと、行くってどこに?」
 質問に対して返ってきた答えにアイナは耳を疑った。
「願いが、叶う場所」
 アイナはエルマの手をひっぱり歩くのを止めた。
「どこにあるか知ってるの?」
「知らない」
 すぐに答えを返すエルマに負けず、アイナは問う。
「じゃあなんで?」
 アイナの剣幕など気にしないように爽やかな笑顔で答える。
「歩きながら話すよ」
 エルマはまた歩き出した。アイナはその隣に並んで歩く。
「僕の願いはね、この世界から消えることなんだ」
「え……」
 アイナは驚いた表情でエルマを見た。
「言ってなかったけど、僕は普通の人間じゃないんだ。ううん、人間じゃないんだ」
 もうアイナの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「僕はここから遠い街で作られたロボットなんだよ」
 そう言うとエルマは立ち止まり、おもむろに胸に手をかけた。そしてエルマの胸が開いた。中には数多くの機械が並んでいた。その機械の中に青く光るものがあった。どうやらエルマの心臓のようだ。その輝きはとても儚く見えた。
 よく顔を見てみると、あまり生気があるようには見えなかった。注意深く見ないとわからないが、右頬に傷があり少し漏電していた。子供はこれに気付いたから「変」といったのだろう。
「僕たちは子供に元気を与えるために作られたんだ。そのために負の感情は存在していないし、相手の感情を知ることができないようになっている。その気持ちを知ることで僕たちが学習しないようにね。でも、僕は相手の気持ちがわかるし"消えたい"という気持ちも存在してる」
 その言葉を聴いてアイナは気付いた。
「問題って――」
「そう。僕は他のロボットとは違っていた。だから、廃棄処分されるはずだった」
「だった?」
 アイナの疑問を聴いてエルマは少し上を向いた。
「マスターがね、僕に情をかけたんだ。問題があるとはいえ壊すなんてかわいそうってね。そのおかげで今はこうやって放浪生活だよ。あの時一思いに壊してくれれば――」
 エルマの頬をアイナが叩いた。しかしエルマはそこをさすろうともしない。
「どうしてそんなこと言うの?」
 アイナの双眸には涙がたまっていた。だがエルマは自分の気持ちを話し続ける。
「僕は同情なんて欲しくないんだ。他のロボットなら何も感じないで笑っているだろうけど、僕は違う。僕は感情を持ってしまった。でも表情は笑うしかできない。こんなの辛いじゃないか」
 優しそうな目でエルマはアイナを見る。そのエルマをアイナは冷たい目で見つめ返す。
「私だって、私だってね――げほっ」
 アイナは咳きこんだ。エルマはその背中をさする。
「大丈夫?」
 涙があふれ出した顔でエルマを見る。
「私だって、消えたかったよ。でも、エルマと出会ったから、友達ができたから、このままもう少しって……」
 アイナは泣きじゃくる。
「私は、病気なの。それもこの病気はね、治らないの」
 エルマの表情は変わらない。しかし何も言わないことから驚いているのだろう。
「治らない病気だって知ったお父さんとお母さんはすぐに妹を連れて遠くに行ったの。それから1人で入院生活。初めて見る病気だからって検査も注射も沢山された。薬なんて何度飲んだか覚えてない。技術が発展して私の中にいる病原菌を取り出せてからは、邪魔者扱い。こんな生活してたら消えたくもなるよ」
 アイナはその場にうずくまる。
「僕たちは似てるんだね」
 エルマの言葉を聴いてもアイナは顔を上げない。
「消えたいと思っていて。長くは生きていられない。僕も実はあと少ししか動いていられないんだ」
 アイナの体がわずかに動いた。驚いたが何となくは気付いていた。エルマの心臓の儚い輝きを見たとき、アイナは直感的にわかっていた。
 エルマはアイナの背中に手を置いた。
「僕の我がままを聞いてくれないかな」
 エルマの頼みを聞いてアイナは顔を上げた。エルマはニッコリと笑った。
「僕と一緒に願いの叶う場所に行ってくれないかな?」
「……うん」
 断る理由なんてない。
 このまま救われないで消えていくのなら、せめて思い描いた願いを叶えたい。ただ純粋にそう思った。だからアイナは立ちあがり、エルマと一緒に歩き出す。
「伝説の中には場所について何か情報はなかったの?」
 エルマの問いにアイナはさらりと返す。
「あるよ」
 エルマは目を輝かせた。
「でも、伝説を聞いたらエルマでもわかると思うよ」
 希望に満ちあふれた笑顔に疑問の色が生じた。
「聞きたい?」
 エルマの首は縦に動いた。


 あるところに病弱な少年がいました。
 彼には友達がいませんでした。
 病弱な彼を誰も心配してくれませんでした。
 ひとりぼっちが嫌になった彼は、昔おばあさんから教えてもらったとある場所へ行きました。
 そこからは月が村のどこよりも綺麗に見えました。
 少年は歩き疲れた体を休めるために、そこに生えていた大きな木にもたれかかりました。
 そして彼は眠りにつきました。彼はその眠りの中で夢を見ました。
 夢の中で彼はとても元気にしていて友達もいっぱいいました。
 彼はその幸せな夢を見ながらゆっくりと息を引き取りました。


 話を聞いてエルマはすぐに声を発した。
「この町で一番月が見える場所で、大きな木があるところ?」
「中央展望台だよ」
 アイナは軽く返す。この町にある中央展望台は全国でも有名な展望台だ。
「あの展望台?」
 エルマが少し先にある山の頂上を指差す。そこには小さいながらも建物が見えた。
「そう」
「だったら伝説を信じて展望台に行く人もいるんだろうね」
 嬉しさのない笑顔をアイナはその綺麗な顔に描いた。
「お話の中にこんなヒントがあるから、みんな一回は行ってるみたいだよ」
 アイナは一呼吸おいてまた話し始める。
「それで展望台に行って、木の下で寝てみる。でも何もありませんでしたってオチ」
 お手上げというように両手を広げる。
「アイナは行ったの?」
「私は病院から出られなかった」
「でも今は元気だよね」
「これは空元気ってやつ。あんなところに長い間いたくなかったから無理して抜け出したの」
 アイナはもうどうでもいいと言いたそうな顔をしている。
「まだ行ってないなら行こうよ。何かあるかも」
「うん」
 中央展望台へと2人は歩きだした。
 歩いている間は取り留めのない話をした。入院していたときの話、捨てられる前はどのような生活を送っていたのか、そんなどうでもいいことを話し続けた。
 普通ならどうでもいいようなことであっても2人にはそうではなかった。出会って間もない2人には相手を知るのに必要なことだった。
 中央展望台に着いたとき空には月が昇っていた。
 人があまりいないのが理由なのか街灯もあまり点いていなかった。それが功を奏して、月がよく見えた。さらに月明かりで2人の周りに幻想的な景色が現れた。
 木々の間という間から月明かりがこぼれている。それは光の柱が空から突き刺さっているようである。
 2人は景色に見とれて声も出なかった。
 ただ立ち尽くしていると光の柱がゆっくりと動いていた。月が動いているのだから当たり前だ。
 ゆっくり、ゆっくりと光は傾きを変えていく。その動きは緩慢でありながらもずっと見ていたい、そう2人の心に思わせた。
 このゆるやかな時の流れに2人は自然と身を任せた。ただ月が動き、それに合わせてわずかに景色が変わるだけのことなのに、2人は何時間も眺め続けていた。
 まどろみに誘われたとしても、振り払い眠らずに見続ける。
「え……」
 アイナは思わず口から声をこぼした。
 今まで斜めになっていた柱がまっすぐになっていた。さらに何もなかったはずの地面に光の道が現れた。
 その柱は林の奥へと並んでいた。まるで2人を歓迎するように。
「行こう、アイナ」
「うん。行こう、エルマ」
 エルマとアイナは互いの手を強く握りしめた。二度とひとりぼっちにならないように――。
 光の道を歩き続けていくと開けた場所に出た。そこには周りの木などまだ子供と言わんばかりの巨木がそびえ立っていた。
 巨木の周囲は月明かりで光っていた。しかし巨木の下は、その巨大な幹から自由に育った長く大きな枝葉によって遮られていた。
 2人はその光のない場所へと腰かけた。
「綺麗だね。ここもアイナも」
 エルマが言葉をこぼした。
 アイナはくくっと小さく笑った。
「変なこと言わないでよ」
「本当にそう思うんだ。アイナも今日、僕に会ったとき同じようなこと言ってくれた」
 エルマは笑っていた。それもとても幸せそうに。
「ありがと」
 明りがほとんどないこの空間では、モノがよく見えない。しかしエルマとアイナには互いのことが手に取るようにわかった。だから隣にいる存在が消えそうなことにも気が付いている。
「エルマ……」
 今までの元気だった声に変わって、消えてしまいそうな声をアイナはこぼした。
「私、眠くなっちゃった」
 アイナの瞼(まぶた)はすでに半分以上閉じようとしていた。それを見たエルマは優しく微笑んだ。
「大丈夫。僕はここにいるよ」
 そう言ってアイナの手を優しく、しかし力強く握りしめる。
「約束だよ。絶対に一緒にいて。たぶん私、ここから動けそうにないから」
 アイナの表情がとても弱弱しく見えた。それは仕方がない。誰だって二度と起きられない、大切な誰かと会うことができないなんて不安で悲しいに決まっている。
「うん、約束。アイナが寂しくないように、ずっとそばにいる」
 エルマは、淡く光る月のように優しく笑んだ。
「ありがとう」
 アイナは手に感じた優しさを感じて、その強い睡魔に身をゆだねた。その寝顔はとても安らかなものだった。


 エルマはアイナが眠りについた後もしばらく景色を眺めていた。時が過ぎていくにつれて幻想的な景色もその姿を失っていった。
「アイナは夢を見ているんだね」
 伝説で語られた少年は夢を見て眠りについた。アイナも同じように幸せになっているのだろう。たとえそれが現実の幸せでなかったとしても、エルマはアイナが幸せであってほしいと願う。
 エルマに体を預けている少女の願いは叶ったのだろう。そして彼はこの消えていくであろう幸せな時の中で思い出した。
「そうだった。僕は誰かを幸せにしてあげたかった……」
 自分がロボットでありながら抱いた最初の願い――。
 彼はそれに気付けた。
 それだけで自分の存在を見いだせた。全てはアイナのおかげだった。彼女が自分の存在価値を気付かせてくれた。
 アイナの存在は自分が忘れずに持っていく。そうエルマは心に決めた。
 ここまで短い時間だったが彼女と共に歩いてきた足が、幸せな少女の手を握っている手が動かなくなった。
 もう自分に残された時間はない。
 最期の力を使いエルマはアイナの顔を見つめる。
「アイナ、ありがとう」
 口の端を少し吊り上げ、微笑む。
 そして――。
 エルマの目から輝きが消えた。
 彼の瞳は少女の幸せそうな顔を映し出していた。


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