アリアの箱庭 ~The Miniature Garden of Aria~



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最高の笑顔で



「笑美(えみ)ちゃん。またいつか会える日までサヨナラだね」
 悲しそうな顔をしながらそう話しているのは私の最高の友達、慧美(さとみ)。5年前に家族の事情で海外に引っ越していった。空港での最後の別れは5年経った今でも鮮明に覚えている。
 サヨナラ――。  そのたった1つの言葉は私の心の深いところに突き刺さったナイフのようだった。そのナイフは悲しさを溢れさせる穴を心の奥につくり、さらに私があることをすることを禁止する鎖をも作ったのだった。その禁止されたことは――。
 笑うことだった。
 その鎖によって私は慧美と別れてからの5年間笑うことが出来なかった。
 そしてこれからも笑うことを禁じられながら生きていくのだろう。
 笑うことのない私は周りから“無愛想な子”や“笑わない子”としていじめの対象にされてきた。私をいじめる人間たちの決まり文句は“名前が笑美なのに笑えない子”だった。しかし私自身いじめられることに何も感じなかった。そんな人間達にいじめられるより、“あの言葉”のほうが痛かったからだ。
 そんな5年間が過ぎ去り、中学2年生の二学期の始業式にある変化が起きた。
 転校生だった。

「藍田実里(あいだ みのり)です。よろしくお願いします」
 それが彼女の挨拶だった。
 このあたりは最近新しい住宅街が開発されたためこのごろ転校生が毎年、毎学期のように来る。もう何度もそんな挨拶を聞いていたのでそんなことどうでもいいや、などと私は思っていた。
「それじゃあ、藍田さんは藤田さんの隣に座ってください」
 担任が言った声を聞いて私は驚いた。藤田とは私の苗字だったからだ。そして一番後ろの窓側から2番目にある私の席の隣、つまり一番後ろの窓際の席は空席だったことを思い出した。
「よろしくね。藤田さん」
 ニコっと笑いながら挨拶してきた彼女に私は笑わずに「よろしく」と言った。
 彼女は見るからに交友関係の広そうな雰囲気がある。セミロングの髪に、少しつりあがった目じり。人に好かれそうな顔をしている。
 今までに見た彼女と同じ雰囲気の生徒は、無愛想な私はほっといて他の表情豊かな人たちと話すのが基本だった。しかし彼女は違った。毎回休み時間に私に話しかけてきた。
「笑わない私といて楽しいの?」
 なんとなく聞いてみた。今までここまで接してきてくれたのは慧美だけだったからだ。
「うん、楽しいよ」
 彼女はそう言ってくれた。
「私と……友達になってくれる?」
 本当に冗談などではなかった。心の底からそう思った。
「何言ってるの?」
 そう言われて悲しくなってしまった。やっぱり笑えないから、哀れに思ってただけだったんだと。その言葉の続きは“なるわけないじゃない”だと思った。笑えなくなったあの時から友達を作ろうとした時に言われてきた言葉だと思った。
 だけど彼女はちがった。
「初めて会ったときから友達でしょ」
 そう言ってくれた。こんな私に、笑えない私と友達になってくれると言ってくれたんだ。私は帰り道ついにこらえきれなくなって涙を流した。
「……ひっく……うぅ……」
 悲しくなかった、ただただうれしかったのだ。友達もいないで家族と会話していても笑うことができない。ずっとひとりぼっちだと思っていた。そんな中に彼女が現れてくれた、また笑えるかもしれない。そんな希望をもった。
「どうして泣いてるの?」
 そう聞いてくる彼女に私は言った。
「嬉しいの。5年ぶりに友達ができて。ねぇ実里って呼んでもいい?」
 うれしさのあまりちょっと図々しいことを言ったと思った。
「いいよ。じゃあ私も笑美ちゃんって呼んでもいいかな?」
 さらに涙が出た。また私のことをそう呼んでくれる人に出会うことができたからだ。
「うん、いいよ。ありがとう実里」
 実里はとびっきりの笑顔で笑ってくれた。
「あっ、笑美ちゃん今笑ったよ」
 実里は言った。確かに「笑った」と――。
「え……? 嘘……本当に?」
 笑うことができないまま生きていくと思ったいた私の予測は完全にひっくり返っていた。
「うん、本当に」
 せっかく泣きやんだと思ったのにまた涙がこぼれてきた。
「ありがとう……ありがとうね実里」
 私は実里を見た。するとやっぱり笑顔で笑っていてくれた。

 その日から私は毎日、実里と一緒に登校し休み時間に話し一緒に下校した。そんな日々を過ごしていくうちに私の心の奥底にあるナイフが徐々に抜けてきた。鎖も少しずつ外れてきた。
 実里と一緒に日々を過ごしていくうちにいつの間にか私たちは高校生になっていた。本当に楽しい2年間だった。しかし2年間ずっと心のどこかでつかえているものがあった。それはなんなのか2年間ずっとわからなかった。
 実里とは一緒に近くにある公立の高校を受験し、一緒に合格した。実里が言うには、合格発表の時に私は今までで一番良い笑顔を見せたらしい。
 入学式の日。
 私と実里は同じ制服で身を包んで高校へと向かった。
 掲示板に新入生のクラス分けが張り出されていた。6クラスあるらしく実里と離ればなれになる可能性があった。
 人が溢れ返っている掲示板の前まで行くのは至難の業だ。特に人ごみが苦手な私は特に。
「うーん。ここからじゃ見えないね」
「うん……」
「笑美ちゃん、ちょっとここで待っててね」
「あ、実里……」
 実里は人ごみの中を進んでいった。帰ってくると分かっていても、周りには知らない人たちがいる。この空間に1人でいるのはとても心細かった。
 うつむく私を何人かの人が見ていた。
 実里……早く戻ってきて――。
 そう思ったとき、
「笑美ちゃんお待たせ。戻ってきたよ」
 実里が額に少し汗を流しながら人込みから現れた。
「実里……」
 私がそう呟いたら実里は少しだけ驚いた顔をした。たぶん泣いていたのだと思う。
「笑美ちゃん、クラス分けの結果を教えるね」
「うん」
 もし、実里と違うクラスだったら――。その思いだけが私の頭の中を埋め尽くしていた。
「同じクラスだったよ」
 実里の言葉を聴いて私の頭の中は真っ白になった。
「え……」
「だから同じクラスだったんだよ」
 悪い方向にしか考えていなかったから良い結果が全然頭に入ってこなかった。でも、実里の笑顔で確信した。彼女がこの笑顔をするときは、私と実里の2人に良いことがあるときだからだ。
 私と実里は一緒に同じ教室に行き、入学式の説明を受けた。席は離れていたけれど同じクラスになれたことが嬉しかったので気にしていない。だって毎日同じクラスで一緒に過ごせるのだから。
 入学式は体育館で行われた。特に変わり映えのない入学式だった。退屈だったのか、何人かの生徒は居眠りをしていた。
 退場する時、私は同じクラスのある女生徒に懐かしさを感じた。引っ込み思案な私は、その女生徒に声をかけずに教室に戻った。そして戻ってきた実里が話しかけてくれたので女生徒のことは気にしなくなっていた。
 そして担任の教師が明日、自己紹介をするという連絡事項を伝えて、その日の行事は全て終了した。
 私は不安だった。
 実里が私以外の子たちと仲良くなって私から離れていくのではないかという考えがふと浮かんだのだ。その考えは頭にこびりついて中々消えなかった。
 下校途中、実里が私に話しかけた。
「どうしたの? 笑美ちゃん。もしかして明日の自己紹介でうまく出来るか不安なの?」
 私は首を振った。
 実里は少し考えた後、
「じゃあ、笑美ちゃんは私が他の子と仲良くなっちゃって、笑美ちゃんから離れていきそうで不安なんじゃないの?」
 と言った。
 私は目を見開いた。私の心を見透かされたと思った。
 驚いた私を見て実里は笑った。
「やっぱりね。大丈夫だよ。私絶対に笑美ちゃんを見捨てたり、笑美ちゃんから離れたりしないからね。安心してね」
 私は涙をこぼしてしまった。不安で涙が出そうなのを押さえこんでいたから。思わぬ不意打ちだった。ため込んでいた感情があふれ出した。
「ありがとう……本当にありがとう……」
 私はこういうときいつも実里の顔を見てしまう。実里の笑顔を見たいからだ。実里はまた私の心を見透かしたかのようにとびきりの笑顔をしてくれた。
「もう、笑美ちゃんは泣き虫さんだね」
 そんな会話をしているうちに実里の家に着いた。実里の家は私の家からの学校に向かう道の途中にあるからだ。
「じゃあ、笑美ちゃん。また明日!」
 その言葉は2年間ずっと別れ際にいう言葉だ。
 “サヨナラ”ではなく“また明日”――。
 私はその言葉が大好きだった。


「行ってきます」
いつものように挨拶をしてから家を出た。
 おかしいな、いつもはお母さんが挨拶を返してくれるんだけどな。
 私の声が小さかったからかな。
心の中で自問自答しながら道に出ると、お母さんが外で女の人と話していた。
「あ、笑美。行ってらっしゃい」
 お母さんは私に挨拶をして、また女の人と話し始めた。
 そういえば昨日、お母さんが隣に引っ越してくる人がいるって言ってたな。
 恐らくあの人がその人なんだろう。
 私はあの女の人を見たことがあるような気がした。
 実里と一緒に登校した私の胸は不安でいっぱいだった。実里は「大丈夫」と言ってくれたけど、クラスになじめるかということはとても心配になる。もし、私のせいで実里までクラスのみんなから変な目で見られたら――。そう考えると不安はとめどなく心の底から湧いてくる。
 実里に心配掛けたくない。そう思ったから実里には何も言わず、隠したまま自己紹介までの時を過ごした。
 最初の自己紹介は実里だった。
「藍田実里です。よろしくお願いします」
 実里はいつものように笑いながら、中学の時クラスに転校してきたときと同じ自己紹介をした。私は実里のそんなあまり工夫のなく変わらないままのところが好きだった。
 しばらくして私の順番が回ってきた。
 私も実里と同じように簡単な自己紹介をした。笑うことはできないだろうけど、緊張していると思ってくれるだろう。そう考えると少しホッとした。
 そして次は最後の1人だった。
 最後の1人の自己紹介だけは真剣に聞いていた。入学式のときに懐かしさを感じたあの女生徒だったからだ。その懐かしさの原因は自己紹介を聞いてすぐにわかった。
「和栗慧美です。去年までドイツに行っていました。久しぶりの日本なので分からないこともあると思いますがよろしくお願いします」
 私は心臓が止まるかと思った。
 和栗慧美、ドイツ――。それらは8年前に別れた親友の名前と引っ越した先だった。
 綺麗な黒髪をポニーテールにしているのは昔とは違っていた。しかし、大きな瞳と整った顔は昔の慧美と同じだ。
 自己紹介を終えると慧美は笑った。他の誰でもない私に笑ったのだ。私は涙が溢れそうになった。しかしいきなり泣いたら周りから変な目で見られてしまう。そう思った私はすぐに顔を伏せた。
 自己紹介が終わり、先生の話が終わってちょうどチャイムが鳴った。
「笑美ちゃん、どうかしたの?」
 実里だった。私が顔を伏せたので気になったのだろう。
「な、なんでもないよ」
 平常を装うだけで精いっぱいだった。それほどに慧美との再会が衝撃的だったのだ。
「そう? ならいいんだけど……。あっ」
 誰かが近くに来たみたいだ。泣きそうな顔を見られたくないからずっと下を向いていたので、腰から下しか見えない。
「藤田さん。帰り道ちょっと付き合ってもらってもいいかな?」
 声から察するに慧美だろう。しかし口調は昔と違っていた。
「う、うん。いいけど……」
 いきなりだったのでそう答えてしまった。
「じゃあ、校門で待ってるね」
 そう言い残し慧美は、私の席から離れていった。
 私は終礼が終った後、
「ちょっと行ってくるね。待っててくれる?」
 と実里に言ってから校門に向かった。実里は待ってくれると答えた。少し心が軽くなった。
「ごめん、待った?」
 笑えないが無愛想にならないように言った。
「ううん、全然」
 教室で話しかけてきたときとは全然違う口調だった。いや、この口調は8年前に別れた慧美のものだった。
「さと……み……なの?」
 考えるよりも先に口が動いていた。この少女が本当に慧美なのか知りたくて。
「そうだよぉ。8年ぶりだね笑美ちゃん」
 もう涙をこらえることができなかった。再会することができた喜びで胸がいっぱいだった。
「えぇぇん……慧美? 本当に慧美なのぉ……?」
 確認したくて聞いていた。わかっている。でも本人から聴かなければただの勘違いになってしまう。だから聞きたかった。彼女が慧美だと答えるのを。
「そうだよ。私は笑美ちゃんの親友の慧美だよぉ」
 笑顔で言ってくれた。抱きしめながら言ってくれた。この甘い感じの口調は8年前と全然変わっていなかった。
「よかった……ホントによかった……」
 喜びでいっぱいだと思っていた胸の中には別の感情が湧きあがってきた。それは長い間ずっと疑問に思っていた感情だった。
 なんでこんな時にわかっちゃうんだろ……。
「ごめん、ごめんねぇ……慧美……」
 謝らなくてはならないと思った。
 こんなこと慧美に思ってたなんて……親友失格だよね。
 気付くべきではなかった本当の気持ち。実里と出会ってから、私を幸せにしてくれる笑顔に出会ったときから胸の奥でつかえていた気持ち。
「な、なんで謝るのぉ?」
 慧美はあわてていた。
 (なんで私は慧美を恨んだりしたんだろう)
「もう、泣いてるだけじゃわからないよぉ」
 慧美は困っていたようだった。
「私……ね。慧美と別れてから――」
 この先を言ってはいけない。そう思っていても口は動くことをやめてはくれない。
「笑えなくなったの」
 口にしてしまった。ずっと言ってはいけないと思っていた言葉を。
「――っ」
 慧美は顔をゆがめた。
 もう後戻りはできない。そう分かっていても話してしまう。
「だから、笑えなくなったのは……慧美のせいって思ったの」
 少し間をおいて慧美は口を開いた。
「そっか、ごめんね。私が別れ際にあんなこと言ってしまったからだね」
 私の胸はさっきよりも痛くなった。
「でも、でもね……今は違うんだよ」
 私はもう慧美の不安そうな顔は見たくない。だから必死に弁解する。
「今になってやっと気づけたんだよ。慧美にまた会うことができてわかったの。慧美のせいじゃない。私の心が弱いせいだったんだよ。私が弱かったから……」
 泣きながら慧美に話続けた。
「ごめんねぇ、笑美ちゃん。私が、私が悪かったんだよぉ」
 いつの間にか慧美は泣いていた。
「ち、ちょっと。笑美ちゃんどうしたの? あっ、それに和栗さんも……」
 実里だった。待っていてと言ったが、戻るのが遅かったので心配して見に来てくれたのだろう。
「実里ぃ」
「あなたは藍田さん?」
 泣きながら私達は実里の名前を呼んでいた。
「なんで、2人とも泣いてるの?」
 実里は不安そうな顔で慧美を見た。そして私の顔を見て微笑んだ。
「もう、笑美ちゃんはまた言いたいことを言えずにいたんだね」
 えっ……なんでそんなことがわかるの?
 いつもそうだが実里は私の心を見透かしている気がする。
「いつまでたっても言えずにいるのって相手に失礼だと思うよ? ほらちゃんと言ってあげなきゃ」
 実里は笑顔で言ってくれた。
「慧美、でもね私ね……いい友達を見つけることができたんだよ。笑うことができなくても、ううん笑うことができなかったから違う世界を見ることができたんだよ。そんな私でも、友達になってくれた人がいるんだよ。だから……ありがとう」
 言えた。ずっと言えなかった言葉を。
「笑美ちゃん。そっか笑美ちゃんの友達か、なら私も友達になれるよね」
 涙を目に溜めながら慧美は笑った。
「はじめまして。和栗慧美です。笑美ちゃんの親友です」
「こちらこそ、はじめまして。藍田実里です。」
 慧美と実里は互いに自己紹介をした。
「「私と友達になってくれませんか?」
 2人は同時に同じ言葉を口にした。そして嬉しそうな笑顔で、
「「はい」」
 同時に返事をした。
「これで笑美ちゃんの不安はなくなったよね」
 実里と慧美が優しく笑いかけてくれる。
「ありがとう。実里、慧美……本当にありがとう!」
 泣きながらそう言っていた。うれしくてしかたがなかった。
「笑美ちゃんは嘘つきだよ」
 慧美だった。
 何を言ってるの? やっぱり私は嫌われちゃうの?
「さっき言ったよね、笑えなくなったって」
 心臓が止まってしまうかと思った。
「なに、を言ってる、の?」
 私はそう訊いていた。聞きたかったのかもしれない。慧美が言おうとしていた言葉を。
「だって笑美ちゃん……今、笑ったもん。今笑ったんだよ!」
 私は何が起きたのかよくわからなかった。
「笑った? 本当に?」
 無意識のうちに口が動いていた。
「うん、確かに今笑美ちゃん笑ったよ」
 笑顔で実里が言ってくれた。
「あはは、はは」
 うれしい気持なのかはわからなかった。でもいつの間にか笑みがこぼれていた。笑顔になっていることが分かった。
「そうだね。私は嘘つきだね。だって笑えるんだもん」
 そう言ってしまう。嘘つきの私から2人が離れていくかもしれず怖かったけれど。
「嘘つきの笑美ちゃんも大好き」
 そう言って慧美は私の手を握ってくれた。
「いいの? こんな私でも友達でいいの?」
 確認したくて聞いた。
「いいに決まってるよ。ほらもっと笑え~」
 悪戯っぽく笑いながら実里が言った。
「そうだね。笑わないとね。今まで笑えなかったんだから」
 そう私は言った。笑いながら。
 心の奥底に刺さったナイフは抜け、鎖は完全に砕け散った。
 私は解放されたんだ! 笑うことができない日々から。
「また笑ったぁ。これでもう泣き虫笑美ちゃんじゃないね」
 実里が言った。
「泣き虫ぃ? その話、詳しく聞きたいなぁ?」
 実里の言葉に興味を持ったのか慧美はしつこく聞いてきた。
「聞かなくていいよ」
 私は頬を膨らましてごまかした。
「なによぉ。いいよ実里ちゃんに聞くから。ねえねえ実里ちゃん泣き虫ってどういうこと?」
 慧美は私から実里のほうに顔を向けた。
「えーっとね、んぐっ」
 話そうとした実里の口を手でふさぐ。
「言わないでよ実里。ひどいよぉ」
 涙を目に溜める。
「もう、何するの危うく窒息死するかと――あっ、笑美ちゃんが泣きそうだぁ」
「えぇっ! 本当だ、それにしても笑美ちゃんの泣き顔可愛い」
「か、可愛くなんかないよぉ」
 恥ずかしかった。顔が熱くなるのがわかった。
「わぁ、今度は赤くなったぁ。ねえねえ実里ちゃん」
 慧美が意地悪そうな顔をして実里に話しかける。嫌な予感がした。
「何?」
「この子お持ち帰りしてもいいかな?」
 嫌な予感が的中した。昔から慧美はふざけると歯止めが利かなくなる。特に、私が絡んでいると。
「いいんじゃないのぉ。少なくとも私はいいよ。ちゃんと明日返品してくれるならね」
 私を無視して話が進んでいくことに焦っていた。
「なんで私に断りもなく話進めてるの?」
 私は顔を赤くしたまま言った。
「んじゃ、笑美ちゃんお持ち帰りしていい?」
「ダメだよ。誘拐はダメだよ」
 真剣に返すと2人は大笑いした。
「さっきまで泣いてたのに、真面目な顔で返すなんて切り替えが……は、はや――。あははっ」
 私はさらに顔を赤くしさらに頬をふくらました。
「ごめんごめん、冗談だから、ね?」
「もう」
 からかわれていたけどとても楽しかった。ずっとこの時が続けばいいと思った。
 でもそんなに都合よくはいかない。
「あっ、もうついちゃった。もう今日はもうお別れだね」
 実里の家に着いていた。
「そっか、また明日ね」
「うんまた明日」
「また明日」
 実里と別れ慧美と2人で帰り道を歩いていく。
「慧美はどこに住んでるの?」
 ドイツから帰ってきたから前とは違う場所に引っ越していると思ったから聞いた。
「このまま行けばすぐにわかるよ」
 このまま歩くとすぐ私の家に着く。今の私にはそれしかわからなかった。
「あっ、ついたついた」
 そこは私の家の隣の家だった。
「えっ?」
 そういえば隣に新しく誰かが引っ越してきたとお母さんが話してるのを思い出した。
「驚いたぁ? そう笑美ちゃんの家の隣に私は引っ越してきたの」
 とても嬉しかった。
 8年間遠く離れていたけど今日からはずっと近くにいるんだと思うとすごく嬉しかった。
「そうなんだ。じゃあ明日からまた一緒に学校行こう? 実里も一緒に、ね?」
 もう笑えないことはない。だから思いっきり笑った。
「うん、一緒にね。約束だよ」
「うん約束」
 笑いながらそう約束した。
「慧美? 帰ってきたんだったら荷物の整理しなさーい」
「はーい」
 久しぶりに慧美のお母さんの声を聞いた。すごく懐かしい。
「そういうことだから今日はもうお別れだね」
「うん」
 ちょっとさみしかった。それにまた慧美がどこかにいってしまうのではないかと不安だった。
 それに――。
 あの言葉を聞きたくなかった。8年前に聞いてしまった。呪いの言葉を。
「また明日」
 慧美のその言葉を聴いて、もうあのころとは違うんだと気づいた。
 “サヨナラ”じゃない“また明日”――。
「うん、また明日」
 私は最高の笑顔で手を振った。


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