アリアの箱庭 ~The miniature garden of Aria~

 


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観光娘

 

「はぁ…………憂鬱だ」
出張先が近いという理由で、先へ先へと延ばしていた彼女の両親への挨拶をしに来たわけだが――。
心の準備ができてない。
昨日まで出張で疲れていたにも関わらず、今日のことを考えるだけで眠ることができなかった。
勘違いしないでほしいが、ちゃんと仕事は終わってる。そのまま、休暇を取っただけだ。問題は一切ない。現時点では。
しかし、駅に着いたものの時間が余りすぎてるな。困った。この町のことはなんにも知らない。せいぜいテレビで見たことがあったり、彼女からの話で聞いた程度だ。少しでも駅から離れれば迷子になってしまう。それは避けたい。だからと言って、ずっと駅前にいるのも……。  本当にどうしたものか。
「……ねえ、そこのお兄さん」
女性――いや、女の子の声が聞こえる。最近の子供は駅前でナンパをするのか。ませてるな。僕らの頃には都会ですらそんな女の子、存在するかしないかくらいだと言うのに。
「おーい、聞こえてる?」
ナンパされる方もされる方だ。早く気付けよ。僕が悩んでるのが馬鹿みたいじゃないか。
「ねえ、お兄さん。反応してよ。このままじゃ、あたし恥ずかしい人になっちゃう」
肩をたたかれた。
「へ? ぼ、僕?」
「そう。お兄さん」
なんてこった。勘違いも甚だしい。ナンパされてる相手は僕だったのか。というより、ナンパじゃないか。ブルーになってたせいか、判断力が格段に落ちてるな。
「何かな」
「そんな辛気臭い顔しないで笑おうよぉ」
突拍子もないことをいう娘っ子だ。
「初対面の人間に普通そんなこと言うか?」
「関係ないよ。あたしが盛り下がってる空気が嫌いなだけ。多少は我慢できるけど、お兄さんのは半端じゃないくらい重たかったからさ。さすがのあたしも我慢の限界なわけ」
「それは悪いとは思う――いや、別に僕の勝手だろ」
「いやいやお兄さんや。そうはいかんのだよ。あたしはこの町で元気っ娘で有名だからね」
「それがどうしたのさ」
「だからさあ。元気っ娘が落ち込んでる人をほっとけるわけないでしょ」
「知らないよ。ほっといてくれ」
「だーかーら! ほっとけないって言ってるでしょ!」
そう言い、少女は僕の腕を引っ張る。
「ほら、行くよ!」
「い、行くってどこに……?」
「観光案内」
「はい?」
観光案内って、あの観光案内だよな。なんでいきなりこんなこと言うんだ。
「この町のこと知ったら、お兄さんの心のわだかまりなんて綺麗になくなっちゃうよ! ほら、そのスーツケースは駅のロッカーに預けてきてっ。安心してよ、ここのはちゃんとお金返ってくるからさ」
「そんなことは気にしてないよ」
「え、お金は大事でしょ?」
「それはそうだけどさ。僕が一番訊きたいのは、なんで観光案内に行かないといけないのかってことなんだ」
「それは、さっきも言ったでしょ。お兄さんを元気にするためだって」
「元気にするんだったら、別に観光案内である必要はないだろ? 他にもカラオケとかいろいろあるだろう?」
「カラオケ、ねえ。……お兄さん、見知らぬ女の子と一緒にカラオケ行って楽しめる? 元気出る?」
「いや、そんなことないけど」
「だったらその案はボツ! ほら、早くしてよ。おいしいお店が一杯になっちゃう」
「他にもあるだろ……なんで観光案内なんだ」
「観光案内ってほどのものじゃないけどね。有名なところはもうお兄さんみたいな人でも知ってるだろうし。あたしは、そういうのじゃなくてもっと地域に密接したというのかなんというか…………。まあ簡単に言えば、テレビじゃ見れないところも教えてあげるよ、しかも無料って感じの観光案内だね」
「無料って君が案内してくれるんだろ?」
「そうだよ! あたし、この町をよーく知ってるからね」
「なんだか不安だな」
「ええー……あ、でも観光案内は受けてくれるんだ」
「まあ、早く着きすぎちゃって困ってたところだしね。お金がかからないんだったら時間つぶしにはいいかな」
「時間つぶしって言ってるけど、あたしの目的はお兄さんを元気にさせることだからね!」 「そういえば、そんなこと言ってたね」
「ほら、早く荷物置いてきて」
「わかったよ」
僕は少女の言うとおりに駅のロッカーに着替えなどが入っているスーツケースを入れてきた。
しかし、なんなんだろうあの女の子。いきなり話しかけてくるあたり、普通の女の子って感じじゃないけどな。知らないスーツ姿の男に話しかけるなんて、普通はできないよな。大人の僕ですら無理だもの。僕自身そんなに積極的な方じゃないしな。
財布と携帯電話、あと必要そうなものを詰めてあるポシェット(なんとなく持ってきた)をつけて、先ほどの場所に戻った。
少女は僕の座っていた場所に座って待っていた。
突然話しかけられて、面食らってちゃんと見てなかったけど、案外綺麗な子だな。黒い髪を頭の片側で結んだ髪型、スラっとしたシルエット、短パンからのびる脚――いかん、僕は何をなめるように見ているんだ。僕には結婚を決めた人がいるんだ……。
そういえば、ご両親に挨拶に来たんだったな。
あいつ――友香は夕方頃に来いって言ったけど、仕事自体は昨日で終わっちゃって僕が暇になるのわかってないのかな。挨拶のこと思い出しただけでまた気分が重くなってきた。
「はあ…………」
「ああ! またため息。やめてよ、あたしにも重たい空気がうつっちゃうじゃない」
陰鬱な顔をしている僕を見つけて、すぐに駆け寄ってきた。
「そういえば君、名前は?」
「ん? 名前って必要? ガイドさんって呼んでくれたらいいんじゃない?」
「名前くらい知っておきたいよ。ガイドさんでもいいけど、それはなんだか味気ない」
「そう? まあ初めての観光案内だからいいや」
「初めてなのかよ!」
「あちゃ、バレちった」
「……まあいいよ。無料だし」
「でも、お昼代とかはかかるよ。そのあたりは基本自腹だし」
「それはいいよ。飯代くらい自分で払うよ」
「わかってくれてるならオッケーオッケー」
「それで、君の名前は?」
「そういえばそんな話でしたね」
なんか抜けてるなあ。この子についていって大丈夫なんだろうか。何かあれば友香に連絡を入れればいいんだし、問題はたぶんないだろう。
「あたしは、広沢歩っていうの。みんなはあたしのことを、あゆみんって呼んでるから。よろしく」
「あだ名まで教えてくれなくていいけど」
「いいよいいよ。その方が親近感湧くでしょ」
「確かに親しげにはなるけど」
「じゃあ問題なし! それじゃあ、お兄さんのお名前は?」
「僕も自己紹介がまだだったね。僕は真宮郷(あきら)だよ」
「アキラ……。お兄さんでいっか」
「親しげなのか他人っぽいのか微妙な表現だね」
「ガイドとお客さんなんだし、いいんじゃない?」
「それもそうだね」
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
そんな感じで僕は歩ちゃんに連れられ、この町を観光することになった。
歩ちゃんは僕の重苦しい空気をなんとかしたいみたいだけど、僕自身はあんまり重苦しいなんて思ってない。第一、ご両親に会ったことがないわけじゃない。すでに数回お会いしているし、仲が悪いってことはない。友香と一緒になることはご両親もよく思っているようだから、今日の訪問は形だけでも結婚のことを伝えるためのモノ。だから、緊張することはないのだ。
ただ、それでも面と向かって結婚の話をするのはやはり気が引ける。友香を愛していないというわけじゃない。なんというか、お義父さんの反応が怖い。
「ちょっと、始まったばっかりだっていうのにもう顔を下に向けないでよ。あたしの晴れ舞台なんだからもっと楽しそうにしてよ」
「晴れ舞台ね……。歩ちゃんは将来観光関連の仕事に就きたいの?」
「いやぁ、恥ずかしながらまだ決まってないんですよね」
「別に恥ずかしいことではないと思うよ。まだ中学生でしょ?」
「むむっ。お兄さん、聞き捨てならないな。あたしはこう見えても高校生だよ! 高校2年生」
「大して変わらないと思うけど」
「いやいや、お兄さん。中学と高校にはちゃんと差があるんですよ。高校生のほうが中学生に比べて3倍くらい大人っぽいでしょ」
「分からないな。僕は中学と高校にそんなに差はなかったから」
「同じくらいバカやってたんですか」
「まあそんな感じだよ」
「男の人にはそうでも女子にはあるんですよ。そういう子供と大人の境界線が」
「なら高校生になったらもう大人なのかい? 成人とかは関係ないの?」
「いえいえ、成人になるとさらに大人になるんですよ。英語で言えば高校生もガールですけど、成人するとレディーみたいな」
「外国人は、特に年齢で言葉使い分けてるわけじゃないけどね」
「気持ちなんだから気にしない気にしない。おっと――」
突然歩ちゃんが立ち止まる。
「ほら、あれが有名なもつ鍋屋さん。テレビで見たことあるでしょ?」
「ああ確かに。グルメリポーターが食べに行ってるのを何回か見たことがあるよ」
「うんうん。そこで、地元の人でもあんまり知らない情報。あそこのご主人は婿養子なの」
「そ、その情報って必要?」
「全然。本人の前で言っちゃうと値上げされてもおかしくない」
「なんでそんなこと教えるのさ!」
「まあまあ。代わりに裏メニューの注文の仕方教えるから。これは有名なグルメリポーターでも知らないよ。地元民で行きつけの人じゃないと教えてもらえないから」
「へえ。でもそれを行ったことのない僕が知るのは問題じゃないの?」
「別にいいよ。あたしも2回くらいしか行ったことないけどおじいちゃんに教えてもらってるし」
「そうなんだ」
「うん。で、その裏メニューは"大将絶好調"って店員さんに伝えたら運ばれてくるんだって」
「ものすごい誉められたいんだなご主人」
「みたいだね。婿養子でただでさえ肩身が狭いのに、最近奥さんやそのご両親との中が悪いって噂だよ」
「ご主人相当苦労してるな」
「あたしたちはそんな光景をほほえましく眺めてるの」
「仲を取り持つとかしなくていいの?」
「必要ないよ。お店出した時からずっとそうだってお父さん言ってたし。実際、あそこご主人は自虐ネタで客から笑い取ってるもん」
「心の強い人だ」
僕の場合は、友香が嫁ぐって形になるんだろうな。ご主人は大変なんだろうけど、なんだかんだで楽しくやっているんだと思う。今さっき聞いたばかりで想像でしかないけど。
「ほら、次行くよ」
歩ちゃんが僕の腕を引っ張る。この子は本当に楽しそうな顔をしている。そんな子からしたら僕の不安なんて吹いてしまえば飛んで行ってしまうんだろうな。
「次はさ、どこ行きたい? お客さんの希望にもこたえるガイドさんここに登場!」
「行きたい場所ね……この町自体来たことないからな」
「そうなんだ。じゃあなんでこの町に来たの? ホテル取ってるならホテル行けばいいだけなのに、なんであんなところで座ってたの?」
「この町には……結婚の話をしに来たんだよ」
「へえ、結婚ね」
「うん。ご両親にちゃんと話をしておかないといけないからね」
「そのご両親とは仲良いの?」
「何回か会ってるけど、悪い雰囲気じゃないと思うよ」
「だったら大丈夫でしょ。自信持ちなよ」
「…………うん」
「もう、そんな感じじゃ娘さんくれないよ。もっと胸張って行こうよ」
そう言って歩ちゃんは僕の背中をたたいた。
「お兄さんなら大丈夫だって。さっき会ったばっかりのあたしに言われても説得力とかないかもだけどさ」
「ありがとう。少し勇気出た」
「うんうん、その笑顔いいよ!」
歩ちゃんのニカッとした笑顔はまぶしくて温かい。友香も同じように笑うことを一瞬思い出した。
気が少し楽になると腹に余裕ができてきた。
「歩ちゃん、リクエストいい?」
「いいよ! さ、バシバシこーい!」
「お腹がすいたから昼食をとりたいんだ。いいお店知ってる?」
「何件か知ってるけど、お兄さんどのくらい食べる人?」
「んと、人並みかな」
「だったらあのお店かな。ついてきて」
再び僕の前を歩き始める歩ちゃん。その元気さあふれる歩き方は見る人みんなを元気にできると思う。
お義父さん、気さくな人だけど友香を快く送り出してくれるだろうか。
「ホント、すぐに暗い顔になれるよね。さっきの素敵な笑顔はどこへ行ったのやら」
歩ちゃんが僕の顔を見て言う。
「それはたぶんお兄さんのよくない癖だよ。何でもかんでも悲観的に考えちゃだめ。この世の中にはあたしたちが思っている以上に楽しいことがあるんだよ! そんな感じで下向いちゃってたら、そんな楽しいことのほとんどを見失っちゃうよ。顔を上げて、周りを見てみれば今まで見えなかったモノが見えるようになるよ」
「歩ちゃんは強いね」
「そんなことないよ。あ、ここだよ」
またしても僕の腕を引っ張って行く。歩ちゃんが指差した店は、普通の喫茶店のようだった。こんなどこにでもあるような店が彼女のおすすめなのか。それにしても、今の歩ちゃんは少し元気がないように見えたな……。
「おじさーん、いつもの2つお願い」
扉を開いて中に入るなり、カウンターの中にいる中年の男性に注文をした。
店の雰囲気は外見から予測できるものだった。レトロな感じの内装。カウンター席が8つ、テーブル席が5つの大きくも小さくもない店。メニューを見る限り抵触も扱っているようだ。
「歩ちゃん、その男の人は誰だい? 彼氏か? お父さん、許さないんじゃないか?」
「違うよおじさん。この人は、あたしのお客さん第1号だよ」
「へえ、お客さんねえ」
喫茶店のマスターは僕のことをジロジロ見る。
「うん。悪そうな人じゃないな。お兄さん、歩ちゃんを泣かしちゃいかんぞ。彼女はこの町のみんなに好かれてるんだ。泣かしでもしたら、この町には二度とこれなくなるよ」
「き、肝に銘じます」
「おじさん、変なこと言わないでよ。奥の席使うよ」
「おうよ」
歩ちゃんは僕を奥の方へと案内してくれた。奥とはいっても特に他の席との違いはない。
「ねえ、訊いていいかわからないんだけど……」
「ん? 気にしないで訊いてよ。あたしだって、さっきお兄さんのプレイベートに口出しちゃってるし」
「そう? 歩ちゃんさ、何かあったの? さっき一瞬暗い表情したけど」
「………………」
「いや、僕の勘違いならそれでいいんだ。ごめんね、変なこと訊いて」
「ううん。やだなあ、お兄さんにバレちゃったか。あはははは」
「……何があったの。初対面の僕でも話くらいは聞けると思う」
「いやはや、お兄さんに話していいものかどうか」
「大丈夫だよ。僕は落ち込んだりするのには慣れてるから」
「なら、話しちゃうよ。あたしのお姉がさ、今度結婚するみたいな話があってさ」
「いい話じゃないの?」
「そうなんだけどね。お姉とはお姉が独立するまで同じ部屋でよく遊んだりしてたからさ。お姉がどっかに行っちゃうのが嫌、なんだと思う。あたしって我がままだからさ。お姉とは会えなくなるわけじゃないのに」
「僕には歩ちゃんと同じ境遇になったことはないから、君の気持を分かることはできない。でも、変なことじゃないと思うよ。好きな人が離れていくのは悲しいものだと、思うよ」
「うん。悲しい、と思う。でもさ、あたしがそんなんじゃお姉が笑顔で出て行けないでしょ? だからあたしはお姉の結婚式まで泣かないの」
「結婚式では泣くんだ」
「どうせ、家族への手紙とかで泣いちゃうんだし、一緒一緒」
「やっぱり歩ちゃんは強いよ」
「そんなことないって」
「はい、お待ちどう」
マスターが二人分の料理を運んできてくれた。オムライスだ。これもありふれた一品だ。しかし、何かが違う。そんな気がする。
「ん? 歩ちゃん、泣いてる?」
マスターが歩ちゃんの目の端にある涙に気付いた。そしてすぐに僕の方を睨みつける。
「違うよ、おじさん。目にゴミが入っただけだから」
「そうか。ならいいんだけど」
僕の方を一瞥してからマスターはカウンターへ戻って行った。
「ホント、おじさんは心配性なんだから」
「いいじゃない。心配してもらってるんだから」
「でも、そのせいであたしはあんまり泣けないんだよ。涙見せちゃったら、町中が犯人探しとか言って動きだしちゃうからさ」
「本当に町中が歩ちゃんのこと大好きなんだね」
「うん。嬉しいはずなんだけどなあ。でもみんなに優しくしてもらっちゃうと甘えちゃうからなあ」
「それはそれでよくないね」
「わかってるよ。でも、お姉はあたしのことを甘やかしたりはしなかったけどね。いつも厳しくてたまにビンタされたこともあった」
「愛の鞭かな」
「そう思いたい。だって、叩かれた時お姉が痛いのもわかったし、お姉があたしのこと大事にしてくれてるって分かったから」
「いいお姉さんだね」
「うん。お兄さん、あたしのお姉にあっても惚れちゃダメだよ? お兄さんには恋人がいるし、お姉にも恋人がいるんだから」
「そうだね。会わなきゃいいんだろうけど。僕は挨拶をしたら、そのまま帰るし」
「え、帰っちゃうの?」
「まあね。明日と明後日も休みだけど、結婚することが決まったらバタバタすると思うからね。下準備とかしておかないと」
「そんなもんなの? もっと恋人とらんらんするものだと思ってたよ」
「僕がそうしたいだけだから。でも、僕は意志が弱いからね。泊って行けって言われたら泊っちゃうかもね。着替えとかもあるし」
「あたしだったら呼びとめちゃうな。それで、お兄さんたちの馴初めから訊いていくの」
「それはつらそうだ」
僕と歩ちゃんはマスターの作ってくれたオムライスを数分で平らげた。歩ちゃんがこのお店を気に入ってる気が分かる気がする。このオムライスは、優しい味がした。なんといえばいいのだろう、母親というと語弊があるかもしれない。それでも母親に抱かれているような優しくて温かい味だった。作ったのは中年の男だけど。
「おいしいね」
「でしょ。あたしが小学生の時、お姉が連れてきてくれたの」
「そのときからこの味の虜に?」
「ううん。このオムライスは初めて食べた時、開店して間もないころで、今とは比べ物にならないほどに不味かったの」
「はっきりいうなあ」
「いいのおじさんもずっと言ってるから。でもさ、不味かったんだけど優しさはあってね、おいしくなくて泣いてるのに自然と笑顔になっちゃったんだよね」
「それはすごい絵だね」
「思い出しただけでも笑えちゃうな。でもね、おじさんはそのときの味に満足しちゃっててさ」
「不味いのに?」
「そう。でも奥さんがそれじゃいけないって、おじさんに改良するように言ってたの」
「うん」
「それでも満足しちゃったおじさんはかたくなに改良しようとはしなかった。そしてある日、奥さんが倒れたの」
「え」
「おじさんの料理ってあたしたちは食べに来るけど、他のお客さんはほとんどいなかったから、生活がキツキツだったみたいで」
「それで奥さんが」
「うん。それでおじさんは自分の過ちに気付いて今の味になるまで努力をしたの。それであたしとお姉はその進化のほどを見てきたってわけ」
「常連だね」
「そうだね。ずっと来てるよ。たまに友達も連れてきたりとかして。あと、ここは誕生日パーティーをさせてくれたりするの」
「それはすごいな。歩ちゃんはしたことあるの?」
「うん。あたしのはないけど、友達の誕生パーティーには何回か参加したことがあるよ」
「歩ちゃん友達一杯いそうだもんね」
「まあね。それなりに友達はいるよ」
「彼氏とかはいるの?」
「な、な、なななななな…………何を言い出すのかなお兄さん。あ、あたしに、か、彼氏なんていないよっ」
「顔、真っ赤だよ。でも好きな子はいるみたいだね」
「…………………………うん」
いくら強そうに見えてもやっぱり、思春期の女の子だな。色恋沙汰は経験薄いらしい。なんだかいいモノを見せてもらった気分だ。
出会ったばっかりのころの友香もこんな感じだったな。男友達はそれなりにいるんだけど、恋愛観連の話になると、顔を真っ赤にしていたものだ。僕が、告白した時なんて頭から湯気が上がるんじゃないか、と思うほどに赤かったし熱かった。いやはや、今となっては懐かしい話だな。そんな昔のことじゃないのに。
「ああ、恥ずかしい。お兄さんは意地悪だよ」
「ごめんごめん。僕の恋人も同じような反応してたから懐かしくて、ついね」
「遊ばないでよ。困っちゃうな」
僕は時計で今の時間を確認する。午後15時30分。そろそろ、友香の家に向かわないと。
「ごめん、歩ちゃん。僕、そろそろ行かないと」
「ありゃりゃ、ホントだ。もうこんな時間か。話しすぎちゃったな」
「お金は僕が払っておくよ」
「ええ、いいよ。自分の分は自分で払うよ」
「いいのいいの。今日のお礼」
「ガイドは無料――」
「違うよ。元気をくれたことへの感謝」
「――仕方ないな。今回だけだよ」
「そうだ。これ、渡しておくよ」
「何これ」
「僕の名刺。下の方に僕の携帯の番号とアドレスが書いてあるから。気が向いたらでいいから、連絡入れてね。時間があれば、またこの町に来るから、その時はガイドよろしく」
「うん。楽しみに待ってる。それにすぐメールもしちゃうね」
「嬉しいけど、あんまり僕に力入れたりしないように。気になる男の子が知ったら、その子離れて行っちゃうかもよ」
「………………お兄さんのイジワル」
「はは。それじゃあ、また今度」
「うん。バイバイお兄さん」
僕は、カウンターで支払いを済ませた後、駅に戻った。コインロッカーから荷物を取り出し(本当にお金は返ってきた)、友香に教えてもらっていた住所へと歩いて行った。
歩くこと、30分。ようやく、友香の実家にたどりついた。友香曰く、10分でつく場所なんだそうだが、いかんせん道が入り組んでいたせいで時間がかかってしまった。
友香の実家は大きめの平屋だった。こんなとこの娘を僕は貰ってもいいのだろうか。
緊張で震える指で、インターフォンを押す。
数秒後、お義母さんが対応してくれ、僕は家の中へ案内された。
中では友香が待っていた。僕と友香は少し話をしてから、お義父さんとお義母さんの待っている部屋へと向かった。
部屋の中ではすでにお二方とも、正座をして待ってくれていた。
僕たちはそろって中へ入り、お二方と対面した。
「今日は、僕のために時間を割いてくださってありがとうございます」
僕と友香はそろって礼をする。
「いきなりですが、本題に入らせていただきます」
3人とも黙ったままだ。僕は無言の威圧感のようなものを感じた。でも、歩ちゃんの言葉通り、胸を張る。
「友香さんと結婚させていただけないでしょうか」
一言も噛まずにスラリと言えた。あとは、お義父さんの反応を待つだけだ。
「…………いいのか? こんな娘で」
「もう、お父さん」
友香が少し顔を赤くする。
「ええ。僕は友香さんと一緒に生きて行きたいと思っています」
「そう……か」
「はい」
しばらく、誰も一言として言葉を発しなかった。
数分後、空気が少し重たくなったころ、お義母さんが口を開いた。
「お父さん、認めてあげましょうよ」
「………………………………………………儂はすでに認めているんだ。儂はただ、友香のことを思い出していただけだ」
お義父さんはそう言って、ほんの少し涙を流した。
僕にとって、友香にとって嬉しいことだが、お義父さんとお義母さんにとっては寂しいことなんだな。それを僕はしっかりと感じ取った。
その後、僕は友香の部屋でお茶をしてから、友香と散歩に行くことに決めた。
玄関で靴を履き、門を出たところで――。
「あ」
「お」
僕と歩ちゃんは再会した。
なんとも思いがけない形の再会だ。僕的には後数ヵ月後になると思っていたんだが。こうもあっさりとあってしまうとは。
「えーっと」
突然過ぎて、何を言えばいいのか分からない僕の後ろから、
「歩、どこ行ってたの? 今日は大切な話があるって言ったのに」
と友香の声が聞こえた。
それに対して、歩ちゃんは照れ臭そうに、
「いやあ、だってなんだか恥ずかしくてさ」
と言うのだった。
「本当に、世話の焼ける妹」
「いやあ誉めないでよお姉」
「誉めてない」
友香の妹、という発言で僕は何となく歩ちゃんのポジションが確認できた。そうか、この子は僕の義理の妹になるのか。
「ほら歩、この人が私の婚約者、挨拶しなさい」
「言われなくたって、ちゃんとするよ」
歩ちゃんが僕の方に向き直る。
僕らは互いの目を見て――同時に笑った。
「もう婚約者になったんだ」
「うん。久しぶりだね歩ちゃん」
「お久しぶりお兄さん。それと、はじめまして――お義兄さん」

 


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